めんどくさいはありがたい。幸せな循環は相手の受け取りも尊重することから始まる-

2022年08月14日

ウェルビーイングプログラムベーシッククラスのカレッジ生さんとのやりとりから,いい学びがあったのでお伝えします。テーマは「承認」。端的に言うと,承認の言葉って,どうやってえらぶの?相手が自分のつたえた承認の言葉に響いてくれないかもしれない,そこどうするの?的な感じです。

その場面設定はこんな感じ

具体的な事例のワークで,たくさんの承認の言葉を選択肢として並べます。その中から,自分がもらったら嬉しい承認の言葉はどれだろう?と選んでいく場面です。お気づきのとおり,たくさんの承認の言葉のなかから,自分が嬉しい言葉を選ぶということは,それほどでもない,それほど嬉しいというわけではない承認の言葉にも気づくことになります。

という状況でいただいたのがこんな質問です。


「質問」今日の承認のワークの中で、自分が言われたら嬉しいものはどれか、という質問があったと思いますが、あれはどういう意図で行われたのでしょうか。なんか、人によって言われて嬉しいこと違うならその人が言われて嬉しいこと以外の承認はどうなのかがよくわからず、ちょっとモヤッとした記憶があります。」

嬉しくない承認言葉ってどうなの?

はい,まず,モヤモヤって最高ですね。このモヤが真の学びであって,学びながら出てくるモヤモヤにこそ,真の自己理解があると考えています。

学びの設計を開示

さて,質問への回答の前に,このワークの学びの設計を開示しましょう。ここでの狙いはこんなところです。


①承認にはいろいろな角度があることを知る

②自分が意識せずに,しかしついつい出しやすい承認のスタイルに気が付く


③それは,自分が密かに持つ価値観の反映であることに気が付くの

④他者の多様な承認ワードを知り引きだしを増やす

⑤相手の承認ワードを受け取るだけでなく他者の価値観そのものを受け取り尊重する姿勢を知る

⑥受け手によって,響く承認ワードが異なることを知るから

⑦何事も聞いてみないとわからないことを体感する 


こうした流れをワークを通して体験することによって,承認から生まれるウェルビーイングな関係性をより高めることができるようになることというものです

改めて質問へ戻りましょう。

「人によって言われて嬉しいこと違うならその人が言われて嬉しいこと以外の承認はどうなのか」は,「人によって言われて嬉しいことが違うという現象」をどうとらえるか(フレームするか)がご質問の鍵です。

ここで,承認の言葉をプレゼントに例えてみましょう。相手に響かない承認ワードを渡す時って,相手にそんなに響かないプレゼントを渡す場合とちょっと似てますよね。

で,

プレゼントを渡したものの,相手が嬉しくないとわかった時の人の思考って,こんなパターンがあるのではないでしょうか。


①せっかくプレゼントを買ってやったのに,なんだよその態度,もっと嬉しそうに受け取れよ,もらっといて気に入らないとか,わがまま言うなよ!(非難攻撃型)


②わたしはあなたのためにと思って一生懸命選んだのよ,私のこの気持ちをわかってくれないなんて,ヒドイわ(自分の気持ち第一型)

③私だったら絶対これがいいのにな。きっと,誰でもこのプレゼントなら大喜びするはずなのに,なんで嫌そうな顔するんだろう,ああ変な人だわ。(みんな一緒,多様性無視型)。

④そっか,これはあまり響かなかったのか,率直に言ってくれてよかった(でないと来年も同じもの渡すところだった)。そもそも自分がこれを選んだのはどういう思い(こみ)があったのだろうか。そして,相手はどんなものがいいのか,その価値観も含めて聞いてみよう(相手尊重&自分の価値観と相手の価値観を共に学習する型)。 


④は一見理想ぽいですが,ごく普通に,こうありたい態度です。そして,①~③は,論外のように見えますが,実際はよくあるものだと思います(私も,弁護士としての関わった離婚事件やストーカー事件で①を何度も聞きましたし,その昔は私自身が②っぽくなったこと,ありました(;'∀'))。

そして,プレゼントに限らず,承認でもこういうことって結構あるのではないでしょうか。

違いをもたらすものは何か

①~③と,④との違いは,要するに

「人によって嬉しいものは異なる」

承認は相手のためにするもの」「渡す側の自己満足のためにあるのではない

「相手にとって嬉しいものを選ぼうとする姿勢が重要」「そのために何ができるか考えよう」

「相手と自分の関係性がよくなるとしたら,それはこうした手尊重の思考と過程の結果である」

といった流れを,自分のマインドとスキルに落とし込めるか,&自分のチームの中に生み出せるか。

つまり,承認という観点からのウェルビーイングをつないでいけるかどうかが,大きな,ほとんど決定的な違いをもたらしています。

これは,逆から言うと,自分がいいと思って渡した言葉が,相手にとってさほど響かないことがあっても,それはそれでいいということでもあります。

なにしろ,人は誰ひとりとして読心術をもっていないので,ただ誠実に相手を思い(この時点で,人によって嬉しい言葉が違うことを知っていること・多様な承認の引きだしを持っていること自体が価値をもたらす),そして,実行し,確認する。そして,共に学ぶ。それに尽きます。

コミュニケーションはめんどくさい?

ここらへんで,「だからコミュニケーションはめんどくさいんだ」という声が聞こえそうですが,はい,そのとおり。コミュニケーションやら対話やらは手間がかかりますから,めんどくさいっちゃめんどくさいでしょう。だって,これって民主主義的手続きなんですから。

つまり,誰かとんでもない強力なボスがすべてを決定して,他の人はただそれにひれ伏すという世界を創りたいなら,コミュニケーションとか対話とか要りません。誰も個人として尊重されないし,そもそも意見なぞ聞かれません。

この世界観では,コミュニケーションコストはゼロに近くなり,それはそれで合理的でしょう。いわゆる完全独裁型ですね。自分がそれでいいなら,それでいいのかもしれませんが・・・

もしも,あなたが,そうでない世界,つまり,互いを尊重し,承認しながらそれぞれの価値や良さを発揮して共に未来を創っていこうとするならば,その幸せな対価として,コミュニケーションや対話の過程を歩む必要がありましょう。その過程は,相手を大事にすることであり,同時に,自分も自分であることを大事にしてもらえるということであり,つまり,めんどくさいはありがたいなんです。

私は,このめんどくささを笑って乗り越え,ひとりひとりが軽やかにしなやかでいられる世界を創りたいと思っています。それがWELL-BEINGな世界だと思うからです。そして,そのために自分ができることは何か?を日々考えておるのです。

人と繋がる・時をつなぐ


人のコミュニケーションには終わりがありません。承認を渡した,受け取った,そして,また何かの感情が生まれて,他者までも展開していく。こうして人と人はずっと繋がっていきます。また,それは今と未来をつなぐ時のプロセスでもあります。この人と時の循環の中に,相手への敬意を紡ぎこんでいくことが,まさに,ウェルビーイングをつなぐことなのではないかと思います。


この問いをくれたHさん,理性と感情,ふわっとした感じときれきれの面白さとが共存する魅力的な方です。こうしたモヤ質問も素晴らしいし,問いを立て続ける姿勢もほんとに最高です。

今日も,大切な人に幸せな承認の循環がつながっていきますように。今日も世界がウェルビーイングでありますように。


*この記事の内容は ラッセルコーチングカレッジ/ウェルビーイングコーチングプログラム

「ベーシッククラス 第3講座 美しいコミュニケーション」に即しています。興味のある方はぜひお問い合わせください。


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